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高校時代の友人……特定の友人と話すと、妙に疲れます鳥です。ごきげんよう。
何となく、原因がわかるような。それは、高校時代の私の過ごし方にあったようです。ふむ。先日会った友人は、高1に知り合った人間なのですが、高1、2年の標準装備は「にゃんこの皮」でしたからなー……と今にして思う。しかも件の友人は、確か思いも寄らぬ発言をするようなヤツなんだったw 思い返してみても、あの発言は宇宙から来たように思ったものです。その発言とは、こんな感じ。
まず、中高生の習性から行ってみましょうか。女の子ってグループとか作るでしょ。なんかこう、個人的にはかなり無駄なコミュニティとして認識してるんですが、そういう現象って大半にありますよね。まあ正直、小学校時代からそのコミュニティには馴染まなかったんですが、さらに中学に上がると、割とそういうのが希薄でね。いや、ただ単に見えなかっただけかも知れませんが。色々やってたからね。バカなこととか中2なこととかw ま、そんなわけで、それなりに仲のいい相手はいても、グループとなると、この場合は所属っていうのかな……そういうのとは全く没交渉で過ごしてました。
そうこうしてのんびりと高校へ入り、新しい人間関係が構築されるわけですが。そこで、それまでと同じように、適当に近くの席の人と昼食をとり、適当に遊んで、みたいなことを繰り返してたわけですよ。それは、私にとってはごく自然なことだったんです、が。とある日、気が向いたので、件の友人プラスアルファのところに「こっちで食うけどいい?」等といきましたところ、非常に驚かれまして。そこで言われた台詞がスゲー。曰く、
「何かトラブルでもあったの?」
と。一瞬、何がなんやらわかりませんでしたわ。その時は、本当にわけがわからなく「特に何も?」と流してフツーにそこにいたわけですが、後々知ることになりまして。ここまで来たら、冷凍野菜並に鈍い人間でも、わかりますよね。つまり、その友人というのが、グループとやらをやたらと気にする人間だったと。グループへの所属、グループ同士の対立、その他諸々は当たり前で、というのが件の友人の認識。知った時は、なんという水色時代、と思いました。まさか、リアルにあるなんて、ねえ。個人的な感想としては、馬鹿馬鹿しいとしか思えないわけですが……。
で、その事件があってから、なんだか怖いので「にゃんこの皮」を装備することにしたあの頃。様式などを他人に合わせる、というのはとても疲れることだと思い知りました。色々と面倒でしたよ。高1,2辺りは。面白い人間に恵まれたのは、高3になってからだな。この辺は余談ですがなw
勿論、この年になると、それなりに変わってはいるようですが、気詰まりする感じというのはどうも拭えなかった。なんかこう、浸食された気分になるんですよね。あの、群れたがる女の子特有の湿っぽさっつのかな。別に、浸食自体が嫌いな訳じゃないんだけど、されてもいいと思える人間というのは、限りなく少ないわけで。それを知りながら、日和見で接してた私が原因w 別に、こいつが悪いわけじゃないんだよなー、と本人を目の前にしながら、しみじみ思いました。まあ久しぶりに再会して、それなりに楽しく話なんぞをしたのですが、やっぱり疲れた。なのでその日の夜、某ないない兄さんと飲む約束をしていたのは正解。日本酒と料理の旨いところで、ぐだぐだと話しながら飲みました。生き返った。やっぱ、気心知れた友人といる方が、比べようもなく楽ですね。まあ、会話の内容がアレだったことは、言うまでもありません(´・∀・`)